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岩大剣道部顧問のブログです
by asami-hitorigoto カテゴリ
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昨日、県警機動隊剣道部員と稽古してきました。
打つ途中で迷う・・・・どうするか? 一つのアイデアが浮かび、試行してみました。 かなり良かったようです。 アイデアとは・・・・構えたまま、そこから打ち込んでいくのはやはり無理がある。 構えに炎のような攻め気があれば良いのだが、相手は意気盛んな機動隊員、むしろ相手の方に勢いがある(とくに打ち込んでくる体勢は、六十歳代の浅見とは比べるまでもない)。 そこで構えから、相手に圧をかける「手立て」を入れてから打ちを出すようにしてみたらどうか・・・・結構通用しました。 今朝の岩手大学剣道部員たちの稽古でも試行。 このところ手を焼いていた新入生(1年男子)に対しても、キャプテン近藤女史にも通用していたようです。 一歩抜け出せたかも。 さて、facebookを見ていたら、全日本剣道連盟のfacebookが見つかった(「財団法人全日本剣道連盟 All Japan Kendo Federation」)。 イタリアのノバラにて、世界大会の審判講習会の様子や、そこで試合をしていただいた若手のイタリア剣士、日本人剣士の写真なども見ることができます。 また、以下のURLで、実況中継も見ることができるようです。昨日は、審判講習会の様子の動画を見ることができました。大会中継の予行演習だったようです。 大会本番の動画もうまく中継できれば日本でも視聴できるようです。 http://www.ustream.tv/channel/aj-kendo-f このところ、稽古で考えて?いること。
構えから一気に面に行こうとするが、動き出してから途中で惑う。一気に面打ちとならない。 ではどうするか? 結局、基本通りに無駄なく、無理なく、偏らずに構えからそのまま面に行く・・・・・しかし、面には当たらない。 でも、ここが踏ん張りどころ。 失敗が良い稽古。 と思うようにしているが、雑念が浮かぶ。 持田範士の遺訓にはほど遠いが、やりつづけるしかない。 このところ、気温が上がり、稽古でも汗が簡単に出るようになってきました。
週末、日曜日の朝、散歩に出かけ、木々の緑や花の色が鮮やかでした。 リンゴの花も満開の時期を少し過ぎたようでした。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 芝桜もびっしり。 ![]() ![]() ![]() ![]() 森の中、そして牧場の緑が鮮やか。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() そして岩手山、雪が少なくなりました。最後に雪が降り積もったのは、5/12(土)の夜。それからは消えていく一方。 ![]() ![]() ![]() 今朝(5/21・月)、7:30過ぎから日本中は金環日食の観察で大賑わい? 岩手大学剣道部では、この好天続きなのに発熱、風邪引きという体調不良者が続出。 今朝、新入生が2人、あらたに顔を見せてきましたが、防具を着けて稽古するのが8人。 ま、大津波は1000年に1度ということ・・・体験済み。 金環日食は30数年ぶりというから津波に比べれば珍しくもない・・・・と思ったのだが、日本列島大都市(大阪・名古屋・東京)でそろって見られるのは900数十年ぶりというから大津波並み。 そこで今朝は、7:00から面をつけて切り返しのあと直ぐに地稽古、7:30まで。それでも汗が出てきました。良い天気でしたからね。 そして面を外して、全員で体育館の外に出た。 盛岡市では金環日食にはならないのだが、快晴の天気に恵まれ青空が広がっていたが、薄暗くなってきた。 太陽の直視はできない。そこでどうしたかというと、手ぬぐいを持参。 色の濃いところ(文字の黒、紺色)を透かしてみると、かろうじて太陽が欠けていくのがわかった。 他にも試した。 紺色なら見えるかもというので袴・・・裾をまくり上げて見たけど、生地が厚すぎて見えませんでした。 ま、 理科の観察ですね。 7:45に道場に戻って礼式。 ちなみに新入生の一人が、地稽古の途中で道場から姿を消した。 日食を観察しようとして、道場を出かかったら、入口に面を外して立っていた。 「保ちませんでした」 オイオイ、切り返し4セットに地稽古二人でアウトかよ。 大丈夫かい? 内田氏の説を長々と引用し、「その通りだ」と思ったとしても、いざ、剣道の稽古では、それも岩手大学の部員たちにもわかるように、どう稽古をしていくのかという課題が出てくる。
武道の伝統的稽古方法の一つに、「呼吸法、瞑想法、練丹法など心身錬磨のための基礎的稽古法」がある。 そして武道の本来の道は、 「精神集中の科学としての心の持ち方と使い方から発した道」とある。 このことから部員たちに言うとしたら、・・・・キーワードとして「集中」 「武道の特性である集中力を高めていく。 武道のルーツである戦いの場=生死をかけた場面では生き残るためにはチャンスは逃せない。 瞬間にしか生じないチャンスを逃さずに技を成功させるために集中力を高めることが、武道本来の特性につながる。スポーツならば繰り返してのトライ(try)があるが、武道はその一瞬にすべてをかける。 「初太刀=最終太刀」の一振りですべてが決まる。その一振りにすべてをかけるという集中力が剣道の特性(この集中力の養成のために、稽古の前後に行う「セイザ~」の声と共に・・・・これはこれで瞑想法・呼吸法の活用も含んでいる)となる。 そのためには、自分本体と道具(竹刀)の一体化が必要。 頭で考えて『よし、今ここだ』として腕に持った竹刀を動かしていくのでは、一体化とはとてもいえない(脳が命じて、腕で道具を働かすというのでは当てっこ剣道になってしまう)。 無我の境地で「我知らずに打ちが炸裂した」になっていかねばならない。もちろん、体の運び(足腰の運び)があってのこと、腕は知らずに動いていたというレベル。 そしてさらに、(自分と道具に加えて)相手も含んで一体化へと広げる。 そこになって共存共栄が成立し、相手があって初めて剣道を共に作り上げていける。」 こんなところから入って行くかな。 しかし、部員がHPにカキコしていたが、「竹刀が身体の一部のように自由に動かすことができれば、それはもう怖いものなし」とは、相手を打ち負かすことだけしか思っていないように読めるのだが・・・・・・ちょっと次元が違う。
昨日は長々と他者の文章を記載しましたが、それは(昨日のカキコにあったが)内田樹著『私の身体は頭がいい』文春文庫、571円を読み、ピンと来たところがあったので、ネットサーフィンに入ったからでした。
ではどの部分からか。 p.92~134にある「非中枢的身体論 -武道の科学を求めて-」という章に着目したから。 中身を拾い出してみる。 内田氏が学生時代、空手部で稽古していたとき。(内田氏は東京大学出身) 「先輩たちは繰り返し『バカになれ』と言い聞かせた。考えるな、言挙げするな、理屈をこねるな、言われたとおりのことを黙ってこなせ、という伝統的な稽古法法がそこでは連綿と受け継がれていた。 「なぜこのような稽古をするのか、それはどのような技法的課題に対処するものなのか、これらの稽古を通じて私たちはどこへ向かっているのか」という問いを発するものはそこにはいなかったし、もちろん答えてくれる者もいなかった。せいぜい「次の***大会で何位以内に入る」というような日程的な目標が示されるだけだった。 しかし、それは私にはどう考えても「武道修行の目標」とは思えなかった。(中略) 行き先を問わぬまま何十年も厳しい稽古を重ねたあげくに、まったく武道的な目標から逸脱してしまうという悲劇は現に私たちの周囲に少なくない。「次の試合に勝つ」とか、「同門の某よりもうまくなる」とかいうような課題を持つことは、たしかに短期的には有効なインセンティブとなるだろう。しかし、それは「相対的な目標」をめざす「相対的な稽古」にすぎない。そこには包括的な「武道についての知」「武道の科学」への志向がない。 多田先生から私が学んだもっとも重要な知見は、武道の修行には「絶対的目標」があり、そのための「絶対的稽古方法」が存在するという確信である。 多田先生はそれを次のような言葉で語っている。 この続きが昨日のカキコの文章になる(武道の心の道には二通りある)。 「精神集中の科学としての心の持ち方と使い方から発した道だ。」 内田氏は、「武道の科学」が欠落している理由として三つあげている。武道の「閉鎖性」、「イデオロギー性」「競技性」。そして近代以降の歴史の出来事を挙げて、それぞれについて論じている。 明治維新とともに、武道が排斥されたことから来る修行者の激減ということから「内輪」の技芸となった「閉鎖性」ばかりではなく、伝統武道は西洋から導入された学術的な知見(学問的方法)とのつながりを考えなかったこと。オイゲン・ヘリゲルのように武技の意味をヨーロッパ的な学知で語り直したことはあっても、日本武道の術理を近代的な学術の用語を用いて語り抜こうとした日本人武道家はほとんど存在しない。 第二は、特定の政治的イデオロギーである軍国主義的イデオロギーとの親和性。身体技法としての武道は、「武士道」や「忠君愛国」のような、ある歴史的状況に固有の社会的価値観との関連だけで理解できるものではない。 明治維新以来、武道はまず近代化の波に飲み込まれて衰微するというしかたで第一の危機を迎え、ついで軍国主義イデオロギーに功利的に利用されるというかたちで第二の危機を迎えた。 その次に遭遇したのは、「武道の競技化・スポーツ化」という試練だ。 敗戦後、日本の武道は第三の危機に遭遇する。とくに剣道は「超国家主義および軍国主義の鼓吹に利用され、軍事訓練の一部として重んぜられた」とのイデオロギー的な理由から一切禁止された。 この時期のほとんどの武道関係者はスポーツ化・競技化の方向での武道の延命を図った。 このときスポーツ化の過程で、単に軍国主義的なイデオロギー色の除去ばかりではなく、重大な稽古方法の変更が導入された。それが武道に大きな質的変化をもたらしたのである。 武道の変質とは、伝統的な武道稽古の基本をなしていた稽古方法のうち、二つの重要な要素が失われたことを意味している。 一つは、呼吸法、瞑想法、練丹法など心身錬磨のための基礎的稽古法。 もう一つは、「形稽古(かたげいこ)」である。 形稽古というのは、業を掛け合って、相互に術技と身体を練り合うという稽古方法のことである。幕末まで日本の武道の技法体系はこのほとんど形稽古だけで成立してきた。もちろん、形稽古には競技も試合もありえない。上級者の導きに随って術技と身体を練ることが目的であるから、そもそも勝敗を論じるということもない。形稽古は本来「一対一」的な師弟関係を通じてなされるのであるから、術技の巧拙や修行の熟練度は「師」によって発行される各段階の目録、免許などによって一元的に決定される。 これに対して、スポーツ化・競技化は、修行者の技術の熟練度は、「試合」で示される強弱勝敗を通じて、客観的に計量化可能、判定可能であるという前提を採る。であれば、当然、ふだんの稽古も「試合」を目標にデザインされることになる。「試合」で勝つために、あるいは高得点を得るために、レフェリーにアピールするために、どのような身体運用をなすべきか、ということが稽古における修行者の意識の焦点となることは避けがたい。 学校体育への武術の導入のためには、それが「安全」であり、「四肢の発達を妨げず」「一級全体一斉に教授可能」であり、かつ児童生徒にとって「愉快」なものであることが求められる。(嘉納治五郎が学校に柔道を取り入れようとした時代に) 形稽古は危険な業を含む。形稽古は日常生活では決してとらないような特殊な身体運用を含む。形稽古は優れた指導者の高度な「受け」があって初めて成立するものであり、初心者同士が形だけを真似て掛け合っても、ほとんど稽古の体をなさない。 形稽古は「実戦のシミュレーション」ではない。 形稽古は取り・受けが決まっており、手順も決まっている。たしかに攻撃は厳しく、正しく応接せず、攻撃を受け損なうとケガをすることもありうる。しかし、それでも手順は決まっている。その意味では形稽古は「実戦」とまったく別のものである。では、一体形稽古は修行者に何を学ばせようとしているのか。 この問いこそ、冒頭に掲げた「この修行を通じて、私たちはどこへ行こうとしているのか」という問いそのものである。その答えを知るためには、武道の根本原理から考え直さなければならない。 武道の根本にある原理は、武道は勝つことを欲望する主体の廃絶を目指す、ということである。「勝つことを欲望する主体」とはすなわち武道家のことであるから、これを言い換えると、「武道は武道家の消滅を目指す」ということになる。 スポーツとしての武道は、その競技人口の増大を一つの目標にしている。一方、武道は武道修行者が一人もいなくなることを究極の目標としている。向かう方向が「スポーツ」と「武道」はまったく反対なのである。 『老子』に「兵は不祥之器にして君子の器に非ず」(不祥=縁起が悪く、誰からも望まれないこと)というよく知られた一節がある。老子はさらにこう続けている。「勝ってしかも美とせず、之を美とする者は、是、人を殺すことを楽しむ也」。 武道は「不祥の器」すなわち「本来、存在すべきものではないもの」という負の宿命を刻印されている。「勝つことは光栄ではない。」それゆえに、修行者たちの身体的・精神的な努力は「勝利することを喜ばないような」主体を構築することに最終的には収斂する。 「勝利することを喜ばないような闘争主体」を作り上げることを究極の目標とするような身体技法の体系、それが武道である。 むろん、それは武道が「平和主義的」な身体訓練法であるという意味ではない。当然のことながら、武道の技法は「いかに効果的に攻撃を避け、敵を殺傷するか」というリアルな課題に専一的に応えるために体系化されており、「平和を築くための戦い」というような詭弁的な自己正当化は武道とは無縁である。 武道修行の目的はあくまで効果的な防衛と敵の殺傷にある。しかし、まさにその「勝つための」技術的努力そのものが、結果的に「勝つことを求めない」という武道の自己否定を導き出すことになるのである。 以下、本では「居着き」=固着=病のこと、克服するために「起こりを消す」=石火の機について記している。 「起こりを悟られない」というのは浅見の近年の一貫した課題なんだけど・・・ 本では次のようにある。 「石火の機」とは、名前を呼ばれたら、「はて、何の用だろう」というような中枢的な思考を迂回しないで、瞬間的に応答することである。そこには、「呼びかけ」と「応答」だけがあって、「呼びかけの意味について反省する機能」、つまり中枢的な「私」が存在しない。 刺激の意味について省察する中枢を関与させないで反応する身体、これを「非中枢的な身体」と呼びたい。 本では、柳生宗矩や沢庵禅師の「操り人形」「かかし」という事例を、理想的身体の比喩として紹介している。 さらには、中島敦著『名人伝』、また『荘子』達生編の「木鶏」の逸話を紹介している。 131ページからは、 敵を忘れ、私を忘れ、戦うことの意味を忘れたときに、戦う者は最強となる。なぜなら、彼にはもはや「守るべき自我」も「破るべき相手」もないからだ。その身体運用はあらゆる「居着き」を去った融通無碍、完全に予見不能の自在境に到達している。しかし、その最強の身体は、もう戦うことに意味を見出すことができない。 『荘子』の木鶏は武道における至高の位を指す。古来、『猫の妙術』を始め、多くに武道の伝書がこの比喩を繰り返し伝えてきたのはゆえなきことではない。最強の身体運用は『守るべき私』という観念を廃棄したときに初めて獲得される。これが「木鶏の逆説」なのである。 「私」を攻撃から守ろうとする意識は必ず身体に徴候化する。それは「居着き」として身体能力を低下させ、「起こり」として心身の情報をリークする。それを防ごうと望むのであれば、私たちは非中枢的な身体運用を習得しなければならない。 そして、非中枢的身体運用の習得は必然的に「守るべき私」という観念そのものの廃絶を要請せずにはいない。敵に勝つためには勝つことを忘れ、私を守るためには私を忘れなければならない。 そして、当然のことながら、「敵に勝ちたい」という欲望を捨てたものにはもう勝つべき敵はおらず、「私のことを忘れてしまった」私にはもう守るべき「私」がいない。 武道において技術の完成を求めるものは、我が身を守り、敵を効果的に殺傷するという初発の動機そのものを放棄することによってしか技術的な限界を突破することができない。 武道における技術的完成は「勝つこと」を欲望する主体そのものの消滅を要請する。これが武道の「自己否定」という逆説である。 それは武道がその起源において自らを「不祥の器」として認識した瞬間に刻印された。 武道がその実利的な有効性をほとんど失った世界において(太刀や杖や徒手で「戦争」ができると思っている人はいないだろう)なお多くの人を惹きつけてやまないのは、おそらくこの逆説的な構造のうちに、ある種の「叡智」を直観するからではないだろうか。 試合にはまったく興味・関心がない浅見には、妙に惹きつけられる文章でした。
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